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<  2012年 02月   >

 

ピアノ

 ついこの間まで、小学生に通っていて2階へ上がる階段の途中で座って「ハリーポッター」を読んでいた女の子だったのです。ピアノが大好きでいつも練習していて、そしてその合間に階段に座って読書をしていた女の子は、高校を卒業するとドイツのフライブルクにある音楽大学に留学しました。ドイツで暮らして3年が過ぎ、女の子は立派な娘さんになりました。そして先日、一時帰国した折にコンサートを開きました。知人、親類、友人に囲まれてピアノを弾く彼女は、立派なピアニストでした。初めて会ってから12年が過ぎていたこと、そしてその12年の歳月で彼女がいかに成長したかを、ピアノの音を聴きながら想わされました。
 ドイツへ留学する前の彼女の弾くピアノは、ただひたすらに一音、一音を正確に弾くオートマタ。工場の機械が響いているかのような無感情なピアノでした。それがこのコンサートでの彼女のピアノには魂を感じたのです。バッハのトッカータでは神と向き合うバッハを感じ、ドビュッシーには水面に映る影が風で揺れるのを感じ、シューベルトのソナタには、途中の変調をさりげなく弾きながらもピアノに真剣に向き合う彼女の姿がシューベルトのように感じるほどでした。日本の大学ではなく、ドイツの大学でピアノを学びたい!と飛び出した彼女。確かに彼女の求めるものがドイツにあったということがこの彼女のピアノの音を聴いてはっきりとわかりました。
 グローバル化の波にある昨今、日本には今、何があるのだろうと思うのです。明治時代に文明開化としてヨーロッパに学び、それを日本流に進化させた日本。でもいつの間にか、日本国内だけで殿様になってしまい海という防壁があるのをいいことに、お城を建てて権威として小さく輝いていたのでしょう。それが海という防壁が突然、消え去るグローバル化の時代になり、権威のお城は実は小さくしかも土台は砂の上だったことにみんなが気付いてしまった、それが今なのではないでしょうか。それは芸術の分野だけではなく、様々な学問や企業に至るまでそうだったのでしょう。
 経営が立派だと、業績のいい会社に人々は言ってきました。でもそれはたまたまその企業の立ち位置が幸運だっただけで経営者が誰であろうと、業績は良くなるのではないのか。そんなことよりも大事なことは、驕ることなく常に前向きであり続けること。企業で働く人たちは30年もすれば入れ替わってしまいます。それでも常に企業の姿勢が同じであり続けること、それこそが立派な経営ではないでしょうか。そしてそれは企業だけではなく、様々な分野にもあてはまると思うのです。グローバル化の波にさらされている大学もそうでしょう。日本国内でしか通用しない権威、そしてその取り巻き。偉くなるにはまず権威に迎合しなくてはならず、そういうことに時間を注いだ結果は、何もできない権威という滅びつつある骨にしがみつくだけの存在。そういえば海外では注目される学者が大学では準教授であることがいかに多いことか。
 今、グローバル化に晒され危機的な状況に陥っている日本の企業や大学。まさかどうすれば権威が保てるかなんてまだ考えているんじゃないでしょうね。そんなことよりも、自分の姿をよく見て何が不足しているのか、学ぶ姿勢が大切だと思うのです。文明開花で一挙に先進諸国の高度な文明というものに触れた明治の人々は、野蛮人でも無知な馬鹿でもありませんでした。日本国とその文化に誇りを持ちながら、新しい文化に触れて理解しようと努めたのです。そしてその学ぶ姿勢から新しい波を自分たちで創り上げました。今、また権威に凝り固まっていた姿勢を糺す時なのだと思うのです。
 素晴らしいピアノ演奏を聴かせてくれた彼女のドイツ留学。そしてそこで学ぶ姿勢を貫いている彼女の努力に感謝してケーキ屋さんで特別にピアノのケーキを作っていただきました。彼女が箱を開けた瞬間、12年前の女の子に戻ってくれました。「わあっ!」と感嘆の声をあげてくれる様を見て、なんだかうれしくなりました。

by kankyoichiba | 2012-02-28 01:19 | いちば担当者の独り言 | Trackback | Comments(1) 

国家の姿勢

 NHKの「日本人は何を考えて来たのか」の第3回で、環境保護に生きた先人の田中正造と南方熊楠の二人の生き様が紹介されていました。足尾銅山の鉱毒が川を汚染し、その流域の人々の田畑を荒らし健康を害することに対し国会の場で訴えた田中正造。でも国家は東大の教授に、「銅山から出てくる毒が健康を害する証拠は何もない。そればかりか少量の銅は健康に良い」と言わせるのです。そのことを聴いて似ていると感じたのは私だけではないでしょう。福島原発での事故により大量の放射性物質が放出されてしまったこと。あの時、国家機関に関わる学者たちは「放出された放射能が人体に悪影響を与えるなんてことは理論上あり得ません。むしろ少量の放射能を浴びるのは健康に良い」と主張したのです。銅山を閉山すべきと主張し続けた田中正造は国会議員であることでは運動できないと考え、辞任をして運動を続けていきます。結果として、その運動は田中正造の生涯では報われることはありません。
 でもその信念や生き様は死後99年を経た今でも人々に語り継がれています。そして日本の高度経済成長期で水俣、神通川、阿賀野川、川崎で発症した公害病での国家のやり方、その強引で非を認めず、時間的金銭的余裕のない人たちに延々と結論を延ばし苦しめ続けたのです。国家は人々を救済するためにみんなの心的契約を基にして起きたものであり、その原動力のひとつである経済は民を救うための手段であるはずなのです。それを貧しい人には生活をより窮乏させるかのように税金をむしり取り、社会のためとして弱者ではなく強者のために活動する資金として活動するのが国家なのでしょうか。太平洋戦争に敗戦し、国家体制が崩壊して素晴らしい世界が造られるとみんなが一致団結して前進していた時代。そういう時代の暗部で、国家はやはり同じように行動していくのです。みんなが一生懸命に働き、だんだんと豊かになっていると実感していた頃、影に隠されるように公害病による被害があり、民衆はそこから目を背けた方が利口ですよ、なんて思わされたのかもしれません。それでも公害は無視できなくなるほどに被害が拡大して、対策を取らざるを得なくなりました。だから国家はそれで懲りた、学んだ、再発はしないようにと誓ったはずだと信じたのです。でもそうではないことがこの福島原発に象徴される日本のエネルギー施策にあることが事故をきっかけにして起きたさまざまな事象で露わになったと感じています。御用学者は原子力発電は安全だと原子力発電の必要性を主張し続けます。でも現在、日本の原子量発電炉の90%が停止しているのだとか。それの意味するところは本当は無くてもいいんじゃないの?というところです。
 原油を輸入しなくてはなりません、それに頼ると国家的に危ないです、温暖化防止もできません、そう彼らは主張し続けています。でも本当にそうでしょうか。円高になっている現在、原油は安価に調達できるはずだし、火力発電所は日本の需要量を超える発電能力が十分にあるくらいに建設されていたはずです。私が原子力発電所に対してすぐに停止すべきだと感じるのは、その使用済核燃料の廃棄方法が人間にはできないという点にあります。普通に廃棄すると放射線が出ているし発熱もしているし、その放射線が人は自然環境に悪影響を及ばさなくなるまでには何世代もの監視が必要になります。そんなことが必要ということは原子力発電というものの発電コストは実際にはとんでもなく高額なのではないでしょうか。
 国家というモノ、それは人民のためにあるはずの機関。でもそこに働く人は与えられた権力に酔わされて、見なくてはならないものが見えなくなり、近くにある親しみやすいものに優しくなってしまうのです。それを防ぐには国家に従属できる期間を著しく制限するしかないのではないでしょうか。NHKの「日本人は何を考えて来たのか」の第4回では、幸徳秋水と堺利彦が紹介されていました。大逆事件で処刑された無実の幸徳秋水ら12名の民衆。それを実質的に指導したのは元老院の山形有朋。彼は貧農の出で、虐げられた民衆の気持ちをよく理解できる境遇にあったはずです。でも明治の世で脚光を浴びるうちにその国家に酔わされてしまったのでしょう。この大逆事件こそ、その後の日本が太平洋戦争へと突き進むのを防げなくなってしまうきっかけであったし、虐げられた人々が社会に訴えることを阻害する要因となりました。そしてその影響はいまだにこの原子力行政においても現れていると思うのです。
 本当はこうしたかった、言いたかった、などと回想録に残す国家側にいた人たち。あの世に行く前に自分は本当はなどと懺悔したところでその罪は消えるばかりか、「あいつはバカだった」なんて高校の授業で教えられるのかも。懺悔するなら、今、動きませんか。本当はどうしなくてはならないのか。国家に酔う時代はもう終わったのです。
 空を見上げるとなんだか不思議な雲。地震雲というものがあるならばこういうものなのかなぁ。本当に大地震は来るのでしょうか。5年以内に70%の確立で起きるなどと報道している国家。あいつがそう主張するならばそれは何かもっと大切なことから民衆の視線を外すために違いない。それはいったいなんでしょう。地震雲のような雲を見ながら、危ないのは本当は地震ではなく国家なのだと思うのでした。

by kankyoichiba | 2012-02-11 15:48 | いちば担当者の独り言 | Trackback | Comments(0)