IE9ピン留め

花束

 花束が届きました。愛犬レオが亡くなった1週間後に、病院からでした。それは立派な花束で大きな段ボールに入って届けられました。何が届いたのかわからなかったほどです。病院の院長が、「せめてあまり苦しみのないように逝けるように努めます」との言葉が蘇ってきます。あの犬好きの院長先生、そしてその他の先生や看護士の方々、みんなが精一杯にレオの瀕死の容態に向き合っていました。誰もが忙しい中だったと思います。それでも一生懸命になって蘇生処置を行ってくれました。心臓の鼓動が無くなりそれでも心臓マッサージをしてくれていた医師。そして院長先生が「もうかわいそうだ、もういい」とその医師を止めたこと。こんなにたくさんの医師や看護士に囲まれて看取られて逝けたレオは幸せだとその時、想ったのです。院長先生からは「少し綺麗にしてあげるので待合室で待っててください」との言葉。なんだか呆然としながら逝ってしまったレオのことを想いながら待つことしばし。再び呼ばれたときにはレオは白いタオルにくるまれてベッドの中でいつものように丸くなって寝ているようです。「本当に残念でなりません、でもできるだけのことはしました。そして綺麗にしました。ほら歯石も取りました」との院長先生の言葉。確かに歯は幼かった頃のレオの歯のように白くなっています。そしてみんなに見送られてレオを連れて帰ったのです。病院の支払いも忘れて、、、。
 「初七日が過ぎて落ち着かれてからでいいので」とレオを抱えて病院を出るときに院長先生が言っていたような気がするもわかりません。どうしようかな、病院へいつ行こうかな。そう思っていたいたら花束が届いたのです。そういえばレオは花を食べるのが好きでした。花屋さんの店先でパクパクとコスモスを食べてしまったことや、ベランダで育てていたサボテンの花を食べつくしたことも。
 さぁ、久しぶりに病院へ行こう!

# by kankyoichiba | 2012-01-29 17:35 | いちば担当者の独り言 | Trackback | Comments(0) 

カフェ フェルマータ

 我孫子は市民図書館の近くの落ち着く喫茶店「カフェティティカ」が閉店してから1か月ばかり。あのお店のあった場所hどうなったのでしょう?と思ったらあれ?喫茶店ができています。店名は「カフェフェルマータ」。なんだか音楽っぽい名前だけど。。。お店にはマスターとその奥様の二人できりもりされているようです。モーツアルトのオーボエ協奏曲が店内に響いています。ティティカのパリの街中のカフェを思わせていた雰囲気とは異なり、どこかもっとシックで大人びています。店は明るいけれども静かn雰囲気。どことなくドイツはシュバルツバルトの森の中にいるような気がしてきます。
 ランチ時だったので、ドライカレーを注文。そしてチャイはなさそうなのでブレンド珈琲も。しばらくしてやってきたドライカレー!イメージしていたものとは全く異なります。本格的なルー。干しブドウに肉、その他、香辛料がたくさん入ったものがご飯の上にたっぷりとかかっています。これはおいしい!今まで食べたことのない本格的なカレーです。しかもこんなにたくさんのルーがあります。ついご飯をおかわりしたくなるほど。そしてブレンド珈琲の味は?これがびっくりするくらいにおいしい。カフェバッハのペーパーフィルターでじっくりと淹れた珈琲に似た味です。豆は酸味を少なくやや苦みの多い私好みの味です。珈琲がドライカレーの後味の残る口の中で香り、食後のひと時を演出してくれるようです。これならばケーキも頼んでみよう、とばかりティティカの時にはケーキの並んでいたカウンターに行ってみてもそこにはガラスケースはありません。で、ケーキをお願いしますと言うと、チーズケーキが運ばれてきました。それを一口、そして珈琲を少し口の中で混ぜると両方の味と香りがミックスされて素晴らしい味になります。
 ドライカレーとブレンド珈琲、チーズケーキ、そしてモーツアルトの調べ。ドイツかウィーンの街中にいるような気持ちです。「カフェティティカ」の後に、またまったく異なる雰囲気の落ち着ける喫茶店ができたことを知り、安心したのでした。

# by kankyoichiba | 2012-01-28 10:28 | いちば担当者の独り言 | Trackback | Comments(0) 

愛犬レオ

 それは突然のことでした。愛犬のレオがエサを全く食べなくなりました。手で口元にエサを運んでも1個咥えてポトリと落とすのです。食べられません、という表情。その時は老犬なので食べたくないときもあるかな?と思っていました。でも2日目もまったく食べません。水はたくさん飲んでいます。そしてオシッコもたくさんしています。いったいどうしたんだろう?さすがに3日目にはおかしい、といつもお世話になっている動物病院に連れていきました。そこで血液検査をすると重度の貧血だとか。どうも消化器系のどこかから出血をしているのではないかとのこと。できるだけ早く輸血をしなくてはならないような状態。でも犬の血は献血センターになんてありません。どうすればいいかオロオロしていると医師が偶然に用意できたと血をどこかから持ってきてくれました。輸血をしてしばらくすると少し元気になった愛犬レオ。酸素室の中で健気に尻尾を振っています。でも輸血量の割には血液のデータが芳しくありません。出血は止まっていないようです。病院ではいつ愛犬が亡くなるか瀕死の容態であるためできるだけ夜は自宅にて見守ることを勧めてくれました。
 愛犬はいつもケージの中に入れてリビングの中心に置いています。病院から戻りケージの中に愛犬を入れてやるとなんだか安心した様子です。やはり14年間、過ごしてきた自分の場所がもっとも落ち着くのでしょう。その日から5日間、毎日、日中は病院にて酸素室で適切な処置を受けている愛犬を見守り、夜はリビングの愛犬の場所に戻し、部屋を温かくして愛犬を見続けられる場所で仮眠をしていました。夜中にカタンという音がすると起きて愛犬の様子を見る。オシッコをしているところだったり、立ちあがって何処かを見ているところだったり。一度は吐血をしているときでした。愛犬のお気に入りのベッドにどす黒い血が溜まっていきます。それを愛犬のレオは見て、ごめんなさい、ベッドを汚してしまいました、という表情。そんなこと謝らなくていい、元気になってくれ、と準備していた新しいベッドに換えてやるとホッとしたかのように丸くなって寝ました。
 動物病院では、供血犬を探してきて欲しい、輸血がもっとも有効な治療であると言われ、近所の犬の散歩仲間の家々を訪ねて献血のお願いをするのですが、大抵は不気味がられ冷たい声がインターホンから流れてくるだけでした。そんな時に、妻の友人が快く供血を申し出てくれました。3歳の若く元気な犬からの血液が体内に入った愛犬、でも最初の輸血のときほどには元気になってくれません。やはり容態は悪化しているのでしょう。もっとたくさんの血が必要になるかもしれない、どうすればいいんだろう、と吸血鬼のようになって必死で伝手を連絡してまわりました。その時、供血してくれた妻の友人が、その供血をしてくれた犬はつくばのとある犬がたくさんいる動物園でいただいてきたと話していたのを思い出したのです。もう駄目モトで直接、会って話してみようと開演前のその動物園に行き、事務所に電話で事情を説明しました。どうせ冷たくあしらわれる、と思いつつも愛犬のためにできるだけのことはしておきたい、その一心でした。すると園長が出てきて「お話を伺いましょう」との温かい言葉。できるだけ協力をしましょうとの信じられないような温かい言葉です。なんだか救われたような気がしました。そして何頭か準備してさぁ出発するという直前に動物病院から電話がかかってきました。「危篤です、一刻も早く来てください」とのこと。もう輸血するような状態ではありませんでした。温かい言葉をいただき多忙の中で異例の事態に対処してくれた園長からは「こちらはいいので気をつけて帰ってあげてください」とのまたも温かい言葉に涙あふれるほど。
 病院の手術台に横たわる愛犬レオ。モニターからは脈拍のピッピッという音と体温、酸素量がモニターされています。でも意識はありません。目を開けたままの愛犬を覗き込んでも何も見ていません。30分後に舌をピクピクと動かしています。意識が戻るのか?でもそれ以降は心音はあるもののそれまでと違います。手術台の上の愛犬が物体になったような気がしたのです。あの舌を動かしたのは「バイバイ」と伝えていたのだと思うのです。それから10分も経つと医師が強心剤を注射するも心拍数はどんどん減っていき血圧も落ちていきました。電気ショックで心臓を動かしてももう回復しません。2012年1月18日14:00に愛犬レオは逝ってしまいました。14年近く、いつもそばに居た愛犬。休日の早朝に洗車に行くときには助手席に乗せたこと、ベランダの風呂桶に湯を張り、お風呂を入れていたこと。時々、抱っこをして温かい愛犬のぬくもりに癒されていたこと。友であり子分であり子供のような存在であった愛犬が逝ってしまったこと。心に大きな穴が空いてしまったように感じます。
 病院から動かなくなったそれでもまだ温かい愛犬を持ち帰り愛犬のケージに入れてやるとまるでそこで眠っているかのようです。通夜をして置いておくといつまでもそうしたくなってしまうのではないか、と感じた私は動物病院で紹介された葬儀場に連絡をしてすぐに火葬をお願いしました。本来は予約が必要な火葬にも関わらずその日は空いていました。愛犬にぴったりの桐の棺桶に入れ、服と風呂の後で濡れた体を拭いていたタオル、リード、そしてたくさんのエサを入れて送りました。その1時間30分後にはきれいに並べられた骨。とその白い骨に交じって黒い金属の輪があります。これは何?まるで「良くできました」と伝える丸印のように感じました。骨壺に収まった愛犬レオ。よく晴れて風の無い穏やか、温かい日に逝ってしまったレオ。この14年近くを一緒に過ごすことができてありがとう、本当に楽しかった、と感謝の気持ちでいっぱいでした。いつもお互いを見合っていた存在。円らな黒い瞳。それが今はもうありません。残されたものがいかにして生きていくのか、強くなって!という象徴として持ち帰ったあの金属の輪。見ているとその輪が何かわかりました。これはリードの紐をまとめる輪です。五円玉のような金属の輪を咥えてレオは無事に三途の川の舟に乗船できたことでしょう。
 死因は腎不全。犬の三大死因なのだそうです。犬は動物界では弱者、いわゆる食べられる側。だから弱った状態を見せることなく極限まで健康体のフリをするのだと動物病院の院長の言葉が響いてきます。水をたくさん飲んでたくさんオシッコをするようになった、あのサインこそ腎不全の兆候だったのです。あの時に尿検査をしてやればもう少しは長く生かさせてやることができたかもしれないなぁ。でもそう悔むことはやめることにしたのです。長く弱った体で生かすということは、弱者の動物にとっては耐えられないことに違いないのです。自然界ではすぐ捕食される対象で常に危険。心穏やかであるはずがありません。愛犬のレオはギリギリまで我慢して健康体のフリをして、そして我慢できなくなって、5日間だけ飼い主にうんと甘えて逝ってしまったのです。
 大きな存在を失った心の痛み。これもやがて時間を経るに従い波紋が小さくなっていくように穏やかになることでしょう。それは愛犬レオとの距離が離れたのではなく、心の波紋が心に吸収されていく結果なのだと思うのです。5日の間、できるだけのことをさせてくれる時間を与えてくれた愛犬に感謝の気持ちでいっぱい。レオのいなくなったリビングで珈琲を飲みながら想うのでした。

# by kankyoichiba | 2012-01-22 08:43 | いちば担当者の独り言 | Trackback | Comments(1) 

明けましておめでとうございます

 2012年壬辰が明けました。初日の出は残念ながら曇り空で見えません。そして関東では地震がありました。初めゆっくり小さく揺れてそれが続いて振幅が大きくなっていく、、、。それは昨年の3月11日が再びかと思うような揺れでした。無事に地震の揺れもなくなってほっとしていた翌日のニュースでは、小田原海岸に子供のクジラが打ち上がったとか。そういえばイルカが大量に海岸で死んでいたのは地震の直前だったのでは、、、。なんて不気味なニュース。そうかと思うとその翌日の3日は地震雲がたくさん空にある!とネット上では大騒ぎでした。
 また揺れる、関東大震災は必ずまた来る、富士山もまた爆発するに違いない、10メートルも海底トラフが動いたから別の場所で地震が発生する、2012年はマヤ暦ではカレンダーの終わる年。世界中のみんなが現状の体制に違和感を感じているのではないでしょうか。日本では自民党を破った民主党が子供みたいな政権運営を行い、年金制度も健康保険制度も破綻して、政府は税収不足。足りないから増税しよう!そんな理論はおかしいのではないでしょうか。足りないならば今あるお金で何ができるのでしょう、政府で蓄えてあるお金を使えばどうなるか、などまだ増税する前にすべきことはたくさんあると思うのです。それを地震復興のためにお金が不足するので、、、などとして安易に増税しても税収は増えないような気がします。
 アメリカでは99%だ!として1%の富める人たちを攻めようとしています。アフリカや中東では女性の地位向上の機運が高まり、それまで虐げられていたと思っていた人たちが団結して政権を倒し、欧米列強国が勝手に創り上げたシオニズムの象徴が揺らいでいます。ギリシア、スペイン、ポルトガルは国家経済の破たん寸前だし、それを防ごうとフランスとドイツの元首たちはユーロの防戦に必死です。ユーロができてとってもいい目を見たその二国だけが。
 何か変わらなければならない、何かがおかしい。世界中そういう考えが渦巻いています。そして日本では自らが変われないので地震など天変地異を待ち望んでいるというのでしょうか。そんなことを豪華な中華のお節料理を食べながら想ったのでした。

# by kankyoichiba | 2012-01-04 19:44 | いちば担当者の独り言 | Trackback | Comments(1) 

軽井沢のクリスマス

 クリスマスは軽井沢は大賀ホールで開演されるバッハコレギウム=ジャパンのメサイアを聴きに行きました。1週間ほど前に降った雪が溶けずに山林に残っています。基本的に零下の気温。最高気温がマイナス1℃で最低気温はマイナス10℃。まあほどほどの寒さ。ボストンではこの季節、マイナス20℃。早朝の出勤時にキラキラ光るものが空中を舞っているのが見えるのです。何だろう?と思っていたらそれがスターダスト。マイナス20℃の早朝でした。そこまで寒くはないけれども寒い軽井沢。こんなに寒いとあのベーコン作りのお店、フレスガッセは営業しているのでしょうか?お店が夏仕様なので寒くて営業できないのではないかな、と思っていたら、、、。ちゃんと営業していました。窓や扉にはビニールを貼って二重にしてすきま風を防いでいます。少し暖かい室内。そこでいただいたのは「スモークチキン定食」です。クリスマスの特別料理。チキンの肉は温かくグリルされてしかもスモークの香りが素晴らしい。そして生野菜も。
 寒い避暑地の軽井沢、人が集まるのはプリンスホテル界隈だけです。そんな寂しい夏に賑わう場所は、地元や常連の方々が集まりいろいろな話をしています。「どこそこの薪が安い」とか「こういう木で薪を作るといい」とか。浅間山が見える部屋は寒いから防寒対策をどうすればいいか、とか。そういう冬籠りのお話です。
 15時に開演したメサイアは今年で2年目です。古楽器は木でできた小さなホールにその自然な音色を響かせて救世主のお話を奏でてくれました。こんなに素晴らしい音楽をヘンデルはわずか28日で作曲したということは驚きです。あまりにすぐに作曲したので作詞者は怒ったり、評価は芳しくありませんでした。でも時とともに本物は輝き続け今ではイギリスを代表するオラトリオの頂点に君臨しています。
 ハレルヤコーラスまでの2時間、バロックの巨匠の調べを背景に2011年に起きたさまざまな事象、天災あり、人災あり、経済の混乱あり、政治的な混乱やら、世界的に何かうごめいているようなそんな1年だったことを想うのでした。

# by kankyoichiba | 2012-01-04 18:46 | いちば担当者の独り言 | Trackback | Comments(0) 

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